2005年09月04日

機動戦士ガンダムSEED DESTINY(3) すれ違う視線



アニメを見て全く解らなかった――解らせようとしなかったキャラクターの心情がうまく描かれていて、特に主人公3人(?)キラ、アスラン、シン達の違和感のあったアニメとは違い、彼らの主張、それぞれの信じるものを丁寧に書いてあり好感が持てました。

また、セリフにも補正が加えてありより良いものになっていたのも好感が持てる形であったように思います。

感想はネタバレなので以下より


メイン3人に分けて描いていきたいと思います。

<シン>
ガキっぽさが小説を読むとよけいに鼻につく感じがします。結構辛らつな言葉ですが、まあそう思ったので……。
というより作者がそう思わせようとしているのできっと私は正しい読み方をしているのだと思います。
ラボでレイが倒れた際のシンの取り乱し方を見てもそれが解ります。アニメでは描かれませんでしたが、あの後シンは通信機の操作を間違えるなど軍人にあるまじき行動を取っていることになっています。それはシンが誰かに頼り切っているという証明であり意見を聞く人間がいないと自分自身では何もすることが出来ないということだと思いました。今、レイ達の言葉を鵜呑みにしている点からも見てもそれは間違いないのでしょう。

また、衝撃的――そうでもないですけど。だったのは”オレのステラ”という言葉。
やっぱシンステラを人間――一人の独立した意識を持った人間だと考えていなかったのか、と納得しました。だから、一方的に守ろうとする。だから、ほかの人間のことはどうでも良い。だから、敵(この場合はネオ)の言葉を自分の上官の言葉よりも信じてしまう。カガリとは違い現実を見ているのではなくて、現実しか見えていない。嫌な言い方をすると先のことが見えていないし、見ようとしていない。

<キラ>
迷いが多く描かれています。
主人公ですから(笑)
心情の説明が不足と思えるアニメを補完するような感じ。
”自分を愛する人に危害を加えようというものは、それだけで驚異に思える。(略)たとえどんなに崇高な理想を掲げていようとも、キラはその者と並んで歩くことは出来ない。”
”アスランはカガリに、帰国してオーブを条約から抜けさせろと言った。(略)彼女が孤軍奮闘していたとき、誰が彼女がそばにいただろう?自分も、そしてアスランも(略)”

この他にも批判の多いキラ達の行動を擁護する言葉が多いように感じました。
――というよりもやはり補完ですね。アニメでは言葉が少なすぎるんです。言葉なんかじゃ何も伝えられないけど、言葉を使わないと何も伝えられないんです。

アスランを切り落とす前の言葉は小説版の方が好感が持てました。
”確かにカガリは間違った。連合のしていることも間違っていると思う……”
(略)
”でもっ!それならプラントは正しいことをしているって言うの?”
(略)
”正しい戦争なんてあるものかっ!”
(略)
”だからっ!自分の間違いを正したくて……カガリは泣いている!”

たぶん、本当はこれがAA組の主張なのでしょう。

<アスラン>
えっと、ルナマリアのストーカーのシーンが面白かったです。
それだけ。
――嘘です。
というか、シンとキラのほとんどに関わっているので書きたいことは上で書いてしまいました。
だけど、敢えて書くとすると、相変わらず一方的な見方しかできていないと言うこと。自分の都合の悪いことには耳を閉ざし、自分の都合の良い物語を作り上げる。軍人には、――というか都合の良い駒の必須条件を身につけていると思いました。

<その他>
トダカ一佐の行動の意味がより高尚なものとして表現されており、
”(タケミカズチ)の壮絶な死は、全世界に伝えられるだろう。オーブの意志を伝えるものとして。全世界は彼らのために涙し、連合を憎むだろう。だがもはや連合は、オーブに手出しすることは出来ない。オーブはこれほどの犠牲を晴れって連合に恭順の意志を示したのだから。”
とありました。


おしまい。
posted by yaku at 08:53| 広島 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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